powered by TechFeed
表示モード
Deep Dive

「データを英国外に出すな」という制約の中で50以上のAIエージェントを3週間で本番稼働させた英国SaaS企業の実装詳細

8月12日、AWSが「How OneAdvanced deployed over 50 AI agents on UK-sovereign AWS」と題した記事を公開した。英国の企業ソフトウェアプロバイダーOneAdvancedは「データを英国外に一切出さない」という厳格な主権要件を課せられた状態で、AWSインフラ上に50以上のAIエージェントをわずか3週間で本番稼働させた。本記事ではその実装の全体像と技術的判断の詳細が紹介されている。

8月12日、AWSが「How OneAdvanced deployed over 50 AI agents on UK-sovereign AWS」と題した記事を公開した。英国の企業ソフトウェアプロバイダーOneAdvancedは「データを英国外に一切出さない」という厳格な主権要件を課せられた状態で、AWSインフラ上に50以上のAIエージェントをわずか3週間で本番稼働させた。本記事ではその実装の全体像と技術的判断の詳細が紹介されている。


「データを英国外に出すな」──規制産業向けAIの現実

AIエージェントの活用が加速する中、医療・法律・公共部門など規制の厳しい産業では「どのモデルを使うか」よりも「データをどこで処理するか」が先に問われる。

OneAdvancedは1万社以上の顧客を持つ英国のSaaSプロバイダーだ。顧客が扱うのは患者記録、法的事件ファイル、コンプライアンス文書など、外部流出が許されないデータばかりである。同社CTOのAndrew Henderson氏はこう述べている。

「データ主権、特に英国においては、公共部門や高規制産業の顧客にとってハード要件だ。データがどこにあるか、誰がアクセスできるか、英国の法規制の枠内に収まっているかを正確に把握できなければならない。」

問題はモデルにあった。OneAdvancedが採用を決めた**Llama 4 MaverickLlama Guard 4**は、当時AWS管理サービスとして英国リージョンで提供されていなかった。Llama 4 MaverickはMetaが公開したMixture-of-Experts構成の大規模マルチモーダルモデルであり、Llama Guard 4は入出力の安全性分類に特化したモデルだ。同社はこれらを自社AWSアカウント内でセルフホストするという選択をとった。


アーキテクチャの核心:4つのコンポーネント

ソリューションは以下の4層で構成される。

  • モデルサービング層vLLMでLlama 4 Maverick(FP8量子化版)とLlama Guard 4をAmazon SageMaker AIエンドポイントとして提供。インスタンスはp5.48xlargeをロンドンリージョン(eu-west-2)で稼働させる。
  • エージェント層Strands Agents SDKで構築した50以上の専門エージェントをAmazon ECS上で動作させる。各エージェントの設定はAmazon DynamoDBに格納。
  • RAGパイプライン:Amazon S3にアップロードされたドキュメントをMarkdownに変換し、2,048トークン単位でチャンク分割してpgvectorに格納。pgvectorはPostgreSQLの拡張機能としてベクトル検索を提供するOSSだ。検索クエリにはintfloat/multilingual-e5-large-instructモデルを使用。
  • ガードレール層:Llama Guard 4がユーザー入力を主推論モデルへ渡す前にスクリーニングする。

インスタンスの選定には背景がある。OneAdvancedが当初使っていたp4d.24xlargeからp5.48xlargeへの移行は、元記事では「120K〜128Kトークンのコンテキスト長を実現するため」と説明されている。正確には、コンテキスト長そのものはモデルのパラメータであり、p5.48xlargeが提供するGPUメモリ容量(8×H100 80GB SXM)とスループットがその要件を満たすために必要だったという解釈が技術的には適切だ。大規模ドキュメント分析や長い会話履歴を扱うユースケースでは、このメモリ帯域とスループットが不可欠となる。本番移行にあたってはリザーブドインスタンス割引も活用している。


50以上のエージェントを3週間で──Strands Agents SDKの選択

エンジニアとして最も注目すべき点は、50以上のエージェントをわずか3週間で構築・展開したという速度だ。ほとんどのエージェントは1日以内に実装されたという。

OneAdvancedはLangChain、LangGraphなど複数のエージェントフレームワークを評価した上でStrands Agents SDKを選んだ。Strands AgentsはAWSが公開したオープンソースのエージェント構築フレームワークで、モデル呼び出し・ツール実行・ループ制御を簡潔なAPIで扱える設計が特徴だ。決め手は「モデルファースト」の設計思想と、硬直したワークフロー定義が不要な柔軟性、そしてターン制の対話(インタビュースタイル)への対応だった。

Principal Software EngineerのNick Heap氏はこう語る。

「評価後、Strandsがこのプロジェクトの明確な最有力候補として浮上した。ツール群が要件を満たすだけでなく、社内ビジョンとも強く一致するソリューションだった。」

エージェントのラインナップは幅広い。Care Incident Responseアシスタント、Clinical Safety Bulletinジェネレーター、HR向けパフォーマンスレビューアシスタント、ドキュメント比較ツール、AWS Architectエージェントなど、医療・法律・HR・マーケティング・物流といった領域をカバーする。

特徴的なのはノーコードエージェントビルダーの存在だ。非エンジニアでもドラッグ&ドロップでフォームフィールドを設計し、@構文でフォーム値をシステムプロンプトに埋め込んでエージェントを作成できる。プロダクトマネージャー、臨床医、ビジネスアナリストがコードを書かずにエージェントを定義できる設計である。


セキュリティとAIガバナンス

インフラはロンドンAWSリージョン内で完結する。ユーザーデータは英国外に出ない。ユーザークエリやレスポンスはモデルトレーニングに使われない。 アップロードされたドキュメントはOneAdvancedのエンジニアもアクセスできない完全な隔離状態に置かれる。

インフラレイヤーではAmazon GuardDutyがS3のドキュメントストレージ層の脅威検知を担う。

OneAdvancedは**ISO 42001**(AIマネジメントシステムの国際標準)認証を取得済みであり、英国・欧州で最も早く認証を得た組織の一つだと報告している。EU AI Pactへの署名企業でもある。


結果

本番稼働は2025年7月から始まっており、同社はこのソリューションを「英国初のプライベート・ソブリンAI for Business」と自称してパブリックローンチした。AWSとのアドバイザリーエンゲージメントは顧客満足度5/5を獲得している。

今後のロードマップには、LLM-as-a-judgeを使った品質評価フレームワーク、プロンプト改善支援、バージョン移行時の並行LLM稼働などが含まれる。


詳細はHow OneAdvanced deployed over 50 AI agents on UK-sovereign AWSを参照していただきたい。