6月25日、Runtime Wireが「Vishal Sikka raises $32M for Hang Ten, an AI bet against the IT services model」と題した記事を公開した。元Infosys CEO・元SAP CTOのVishal Sikkaが3,200万ドルのシードラウンドを調達し、AIでエンタープライズITサービスの構造そのものを置き換えようとするスタートアップ「Hang Ten Systems」を立ち上げたことについて詳しく紹介されている。
「コーディング支援ツール」ではなく、サービスモデル自体への挑戦
Hang Tenが狙うのは、個々の開発者向けのコーディングアシスタントではない。大企業が基幹業務システムを動かすために必要な「設定・統合・カスタマイズ・テスト・保守・モダナイゼーション」という一連の作業、いわゆるSIer(システムインテグレーター)の仕事そのものだ。
この領域はInfosys、Wipro、TCSといったインド系ITサービス大手が数十年かけて築いてきた市場であり、人件費スケールを前提とするビジネスモデルで成立している。グローバルのITサービス市場は年間1兆ドル規模とも言われ、その相当部分がSIer型のマンパワービジネスで支えられている。Sikkaの主張はシンプルだ。「AIエージェントがこの作業の大部分を担えるなら、サービスを人月単位で売る必要はなくなる」。
ラウンドはMayfieldがリードし、Aramco Venturesが戦略的投資家として参加。YahooのJerry Yangが取締役に就いており、すでにSiemens Gamesa Renewable EnergyとFreseniusを顧客として獲得済みだとされる。バリュエーションは非公開。
Sikkaが「この勝負をできる」理由
Sikkaのキャリアはこの問いに対する答えとして機能している。
SAPで製品・技術担当のエグゼクティブボードメンバーを務め、その後Infosysのトップを経験した。退任後に設立したVianAIは2019年に5,000万ドルのシードラウンドでステルスを解除し、後にSoftBank Vision Fund 2などから1億4,000万ドルを調達している(※元記事には含まれない補足情報。TechCrunch過去報道による)。Hang TenはVianAIとは別会社だが、同じエンタープライズネットワーク上に構築されている。
Mayfield Managing PartnerのNavin Chaddhaは「構想段階からSikkaを支援した」とコメントしており、投資判断の核はSikkaの人脈と経験にある。大手企業のCIOが新しいベンダーを信頼するには、技術デモよりも「調達・データアクセス・コンプライアンス・レガシー統合・内部政治」をナビゲートできるという確信が必要だ。3,200万ドルのシード資金は、その信頼構築サイクルを短縮するための投資でもある。
エンタープライズ向けAIサービス市場は、Infosys自身が「2030年までに3,000〜4,000億ドルの機会」と評するほど大きな潮流になりつつある。Sikkaはその波を、既存プレーヤーの内側を知る立場から取りに行っている。
既存大手も動いている
Hang Tenが挑む相手は静観していない。元Infosys CEOが起こしたスタートアップを前に、Infosys自身もすでにAnthropicおよびOpenAIとのAIパートナーシップを進めており、「AI-firstサービスは2030年までに3,000〜4,000億ドルの機会になる」と市場に向けて発信している(Business Standard報道)。
ただしHang Tenの立場は「既存大手がAIを見落とした」ではない。「既存のサービスモデルにAIを後付けするのではなく、AIを中心にモデルを再設計できる」という点だ。元Infosys CEOがその挑戦に踏み出しているという構図は、業界への問題提起として鋭い。
一方、現実も数字が示している。元記事が引用するInfosys-HFSの調査によれば、エンタープライズ企業のうちAIエージェントをスケールアウトできているのはわずか14%、全社展開できているのは16%にとどまる。大企業はコードを書けるエージェントを求めているだけでなく、ガバナンス、説明責任、障害時の運用リスクを引き受けてくれる存在を必要としている。この「引き受け手」としての役割こそが、Hang Tenが狙うポジションでもある。
既存のSIer大手は数十万人規模の人員を抱えており、ビジネスモデルの転換には組織的な摩擦が伴う。スタートアップであるHang Tenは、その制約なしにAIネイティブな設計を選択できる点で構造的に有利な立場にある——少なくとも理論上は。
まだ証明されていないこと
Hang Tenは現時点で、売上・契約規模・粗利率・人員数・顧客側の生産性改善数値のいずれも公開していない。
同社が主張する「再利用可能なソフトウェアスキル」と「AIネイティブなデリバリーモデル」が本物かどうかの判断基準は一つだ。ある顧客向けの作業が次の顧客向けシステムを改善するような蓄積が生まれているか否か。それが実現すれば旧来モデルとの断絶になるが、AIが熟練コンサルタントの生産性を上げるだけなら、スケールする根拠は薄い。
Hang Tenは現在、デリバリー・エンジニアリング・営業・管理職の採用を進めており、複数のグローバル拠点への展開も計画している。3,200万ドルという資金規模は、グローバルSIer大手と真正面から戦うには小さいが、特定領域で「モデルの違い」を証明するには十分な規模でもある。その証明が市場に届くまでには、まだ時間がかかるだろう。
詳細はVishal Sikka raises $32M for Hang Ten, an AI bet against the IT services modelを参照していただきたい。




